【045】知の巨人ドラッカー自伝

2009 年 8 月 6 日 | カテゴリー: Note 003, 読書ノート | タグ:

ドラッカー自伝ドラッカー自伝サポート1人様の伝記や自伝といった類の書籍をこれまで読んだことが無い。単純に人の過去を知ったところで、どうなるものでもない、といった偏見からである。ところが、年齢を重ねるごとに自分の歴史を振り返ったり、人の過去が気になり出したのはどうしてだろう、と今更そんな想いにふけっている。

そうした中、ふっと立ち寄った神奈川県は大船駅の書店にピーター・F・ドラッカー著「知の巨人ドラッカー自伝」(日経ビジネス人文庫:2009年7月)ドラッカー自伝サポート2が積んであった。散々迷ったが、購入。一気に読了してしまった。個人的には、とても興味深い内容が盛り込まれている。

この自伝は日本語用としての出版だそうである。つまり、日本語版が自伝の出発点で、その後他の言語にも翻訳されたそうである。もともとは、日本経済新聞に連載された「私の履歴書」だそうである。書籍には、ドラッカーの自伝に加えて、翻訳者の説明が加筆されている。

本書籍で気になった内容を単純に列記しておこう。

父にチャンスを与えられた経済学者の中で特筆すべき人物が1人いる。「創造的破壊」が経済発展の原動力であるなどと説き、20世紀を代表する経済学者となったヨーゼフ・シュンペーターだ。(p.35)

我が家の常連客の中には、ヨーゼフ・シュンペータやフリードリッヒ・フォン・ハイエクら著名経済学者のほか、戦後に初代チェコスロバキア大統領になり、「建国の父」と言われるトマーシュ・マサリクもいた。(p.42)

私は、コンサルタントとしては、「できないことではなく、できることに注目せよ」、「目標管理(目標によるマネージメント)を実践せよ」と助言。(p.48 – 49)

大著「大転換」を発表したハンガリー系経済人類学者カール・ポラニーがいた。たちまちポラニーに魅せられた・・・(p.61 – 62)

ケインズは、ヨーゼフ・シュンペータと並ぶ20世紀最高の経済学者であり、講義では学ぶことも多かった。(中略)ケインズを筆頭に経済学者は商品の動きにばっかり注目しているのに対し、私は人間や社会に関心を持っていることを知ったのである。(p.90 – 91)

IBMは、大恐慌でも社員を解雇せず、社員の訓練に注力する異色の存在だった。これによって倒産せずにいたのである。創業者トーマス・ワトソンは、後年に私が指摘する「労働力はコストではなく資源である」をすでに実行していたわけだ。宣伝スローガン「THINK(考える)」も革新的だった。(p.114)

品質管理(QC)のことがわかる人間がここには必要だ」と思い、政府の内部に適当な人間がいないかと探し回っていると、統計学に詳しいエドワード・デミングに行き着き、彼を引き抜いた。ドラッカーによれば、これをきっかけにデミングはQCの世界へと足を踏み入れるようになったのである。(p.124)

「GMの頭脳」と言われるドナルドソン・ブラウンは、最初は、化学大手のデュポンに籍を置き、そこで有名な「デュポン式財務管理」を設計し、投資収益率(ROI)の概念を経営に取り込んだ。(p.126)

ドラッカーの初期3部作

  • 産業人の未来
  • 会社という概念
  • 経済人の終わり

上記3冊は、マネージメントではなく、基本的には社会に関して書いたものである。(p.141)

「経営コンサルタント」という言葉は、スミディ(GEの副社長)と私によって生み出され・・・(p.156)

技術ではなく顧客によって事業を再定義し、それに従って分権化を進めるべきだ・・・(p.157)

NYU(ニューヨーク大学)では、マネージメントの教授陣にエドワード・デミングも加えた。(p.164)

ドラッカー、デミング、ジュランの3人は同僚という点だけではなく、1950年代に相次いで訪日するなどで戦後日本の企業社会に大きな影響を与えた点でも共通する。(p.165)

ドラッカーは、「最初に戦後の日本を訪れ、日本人経営者に大きな影響を与えた欧米人は私ではない。それは品質管理(QC)の権威エドワーズ・デミングとジョセフ・ジュランだ」と強調する。(p.178)

「ウェルチ革命」を指南した。関係が終わったのは、彼が「ピーター・ドラッカーはチームの一員」と公言したからだ。コンサルタントが組織の一部になったら有害でしかない。(p.179)

欧米人と日本人でパーティーを開こう。何をしているかと聞かれれば、欧米人は「会計士」、日本人は「トヨタ自動車」などと答えるだろう。自分の職業ではなく自分の組織を語るということは、組織の構成員が家族意識を持っている証拠だ。ここに日本最大の強さがある。(p.180)

分権化、目標管理、知識労働者、民営化 – みんな私の造語で、これからも使われ続けるかもしれない。(p.181)

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