やっぱり内田樹氏が面白い!で、こんな日本でよかったね!
最近は、コンサルタントであるから、もうちょっと「経済学」を知る必要があるだろうと、一念発起して「経済学」関連の書籍を読んでいた。流石に、25年以上もコンサルタントとして収入があるわけだから、全く「経済学」を知らないということではないと信じているが、現在の世界同時不況といった内容は、ある程度語れなければいけないと考えているので、ちょっとネット上で話題になっている現在の「経済」に関する書籍を読み漁っている。
どうもそれが疲れる・・・長時間に渡って読み続ける必要はないとは思うのだが、「経済学」の書籍は、文庫や新書というわけにはいかず、単行本の類を持ち歩く必要があり、体力的に疲れることもあるのだが、それよりも何よりも、「経済学」に関連する書籍の文面が固いことが疲れる第一の理由である。そしてその内容・・・どうも、経済学の本というのは、現状の問題点は、あくまでも一過性のものであって、その原因を明言する割には、あくまでもその問題が起きたのは、誰か他の人のせい、といった姿勢が多い。当然、私が読んでいる書籍に偏りがあるかもしれないが。
![]()
そこで、ちょっと休憩ということも兼ねて、暫く読むことを休んでいた内田樹氏の新しい文庫、内田樹著「こんな日本でよかったね 構造主義的日本論」(文春文庫:2009年9月)
を購入。少しずつ読んでいこうかな、と考えていたのだが、2日間、クライアントのある場所への移動時間で一気に読了。やっぱり面白い。
タイトルである「こんな日本でよかったね 構造主義的日本論」ということは、良く理解できていないが、内田氏の本は、あまり本のタイトルに拘らず、書籍の内容で何が書かれているかを考えた方がしっくりくる。本書も、まったくタイトルを気にすることなく、読了することができた。
いったいどれ位、内田氏の本を読んだのだろう!?既にご存じの方は多いかもしれないが、内田氏の本の内容は、その多くが「内田樹の研究室」という本人のブログに公開されている投稿記事である。人によっては、ブログで十分という方もいらっしゃるようであるが、私の場合、ブログはほとんど読まず。単純に「継続して更新されているな」程度の確認で終わる。ブログは、あくまでも「時系列」であって「テーマ」でまとまっていないので、書籍として出版された方が読み易いと考えているからである。それでも、内田氏の書籍は、多種多様の内容が詰まっていて、飽きることが無い。
この文庫本、「私がどうして内田樹氏の本が面白いか」に関する解答が提供されたような気がして、とても興味深く読んだ。その一節を引用しておこう。
私はどうしてこんなふうに考え、こんなふうに感じ、こんなふうな言葉遣いをするようになったのか。私の知性と感性はどのように構造化され、どんなふうな機能しているのか。それを私はうまく言うことができない。
この無能の自覚が構造主義的知性の最初の足場です。
「私は知っている」ではなく、「私にはよくわからない」から始まる知性の活動、私はそれが構造主義だと理解しています。(まえがき:p.9)
本投稿記事の冒頭で記述したが、「経済学」の書籍は、「私は知っている」という前提で、これでもかというほど事例や著者の経験を主張しているのに対して、内田氏の書籍は、「よくわからない」から書籍にして主張する、というところが決定的な相違なのだろう、と私は理解する。



