「千夜千冊」で日本人論を検索すると・・・坂口安吾の「日本文化私観」
先日の本ブログの投稿記事「成毛眞氏が主張する「本は10冊同時に読め!」」で御紹介した「松岡正剛の千夜千冊」は、単純に書籍やその著者を検索するだけでは面白くない。いろいろなキーワードで検索するところに、その醍醐味がある、と勝手に考えている。
そこで、最近気になっているキーワード、「日本人論」とか「日本文化論」とかで検索すると興味深い結果が出てくる。当然、検索結果は、書籍リストになるのだが、これまた先日御紹介した「内田樹氏の「日本人論」としての推薦書籍20冊」とは、全く異なる結果をみることができる。
そんな中で、上記のような検索キーワードを使うと、検索結果として必ず登場するのが坂口安吾の「堕落論」である。かなり以前に、坂口安吾の「白雉」は読んだことがあるが、その当時は印象になかったが、検索結果を眺めていると、ちょっと坂口安吾を読んでみたくなった・・・
そこで、「松岡正剛の千夜千冊」での「堕落論」の書評を読んでみると・・・
昭和18年、安吾は「日本文化私観」を書く。その後の一連のエッセイの原型になるものだった。最初に言っておくが、日本文化が好きな者、とくに伝統文化に深い関心を寄せる者には、安吾の「日本文化私観」と金子光晴の「絶望の精神史」は絶対の必読書である。この2冊を突破できずには、また、これらが指摘していることを理解できないでは、本当の日本文化などは議論はできないとおもったほうがいい。まして「日本流」とか「日本数寄」などとは言えない。
なるほど・・・松岡正剛氏によれば、坂口安吾の「日本文化私観」と金子光晴の「絶望の精神史」を読まずに、日本人論や日本文化論などを語るな、と主張している。その後、坂口安吾の「堕落論」ということか。
それなら素直に従おう、と思っている。



