阪神・淡路大震災から15年

2010 年 1 月 18 日 | カテゴリー: 雑学 | タグ:

1995年01月17日・・・当時、アメリカ在住だった。仕事で一時帰国していた私は、病気一つしない健康体だったが、この日に限って前日からの発熱で、病院に行こうか行くまいか迷っていた。それでも「いつものように、ぬるめの風呂につかって汗をかけば、この日のノースウェスト21便で、デトロイトへ向かうことができるな」と考えていた。

たった3日間の一時帰国。英語に不自由することなくコンサルタントの仕事ができるようになっていたが、英語の仕事のみではなく、日本での仕事も多くなっていたための一時帰国。「日本企業は、本当に意思決定の時間が掛かるんだよね。ただ、英語圏の企業は、意思決定が単純過ぎるね・・・」といった会話を父と交わしていた記憶がある。

そんな時に、テレビから目に飛び込んできた映像は・・・高速道路が倒壊している、町中が火の海、揺れる室内・・・真剣に「自分で考えているよりもかなりの高熱のようだ!ノースウェスト21便はキャンセルしないと・・・」とフェイクとも思えた映像をみて、一人考えたのを今でも鮮明に覚えている。

最初の映像をみた瞬間には、父も母も「何これ?」と映画の宣伝だと思ったらしい。母に限っては、「どうするの、病院?行くの、行かないの?」と私に聞いていた。

今でも鮮明に記憶している上記の状況は、我が妻のアメリカからの電話で「実際に起きていること」と知らされる。「神戸が大変なことになっているらしいけど・・・大阪はどうなの?」と質問されて我に返った。義理の父と母は、大阪在住。慌てて大阪へ電話をしたが、全く通じない。ただ、大阪は神戸ほどは被害がないとの報道、更に義父母の無事を確認できたのは暫く経ってからであった。

あれから 15年!

リスク管理は?あの経験は活かされているのだろうか。我々は、単なる「悲惨な経験」として昔のことにするわけにはいかないはずである。我が妻は、神戸に住んでいた経験があり、多くの友人・知人を失った。何度も「災害に備えなくては・・・」と口ずさんでいた。他人事ではない。

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